坐骨神経痛についての考察
坐骨神経痛の構造とメカニズム
坐骨神経は1メートルほどある人体で一番長い神経ですが、腰椎の間から脊髄神経が出ていて、それが骨盤の内部をくぐって臀部の奥にある梨状筋という筋肉のすきまから再び顔を出して、太股の後ろ側を通り、ふくらはぎからかかとを経て足の裏にまで達します。途中でいくつか枝分かれしていますが、わかりやすく理解するために、おおむねそのような神経だとイメージしていただければいいと思います。
坐骨神経痛を起こしている人の体を診ていますと、梨状筋が非常に硬くなっているケースが多いです。そのため坐骨神経のスタート地点で筋肉によって締め付けられているような状態になり、神経の伝達の流れは悪くなります。流れが悪くなるとしびれが出始め、やがて痛みが出てきます。また太股の裏側の筋肉やふくらはぎの下、アキレス腱の奥の軟部組織が硬くなっている場合があります。ここでも神経が締め付けられて流れが悪くなっているのです。
さて流れが悪くなっている状態が長く続きますと、神経線維そのものも変性を起こして硬くなって縮んでくると思われます。
どういう事かといいますと、坐骨神経痛が長期化して重症ものになりますと、まっすぐ立つことができなくなり、痛む方に体を傾けた状態でしか立つことができなくなります。体をまっすぐにすると、ふくらはぎのあたりがナイフで切り裂かれるような激痛が走るという方が多いです。これはおそらく、神経線維そのものも硬くなって柔軟性を失い、縮んでくるからだと考えられます。
縮んで弾力性を失っているため、枝分かれした坐骨神経の末端部がふくらはぎの筋肉に、ちょうどカエルの足の指を広げたような感じで張り付いているのですが、これがまっすぐ立った時に引っ張られて引き離される感じになるため切り裂かれる痛みが走るのだと思います。これは解剖してみないと分からないことかもしれませんが、私は臨床経験からそのように考えるのが最も理にかなっていると思っています。
しかし神経も細胞の集まりで、細胞は60〜70%は体液ですから、筋肉と同じように柔らかくして柔軟性を取り戻させてやることは可能です。その方法も筋肉に対する手技と同じ要領で可能です。また光線療法によって、悪くなった体液循環を良くすることで改善は可能です。
私の治療院でこのような重症例の方が何人も改善され、普通に生活できるようになりました。そしてどの方も自分はもう一生良くならないと思っておられたのです。
結びの言葉
椎間板ヘルニアや坐骨神経痛の原因は人によっていろいろ異なり、治療の期間も人によってさまざまです。ストレスや精神的なことが影響しているのではと思われるケースもあり、本当にこの痛さと苦しみは体験した人にしかわからないものだと思います。実は私自身も同じ経験をしてきました。
私は元々会社員で、学生時代に発症した腰の椎間板ヘルニアの後遺症で悩んでいました。それからの10年の間に頸椎や胸椎もヘルニアになり、そして震災後それまでの精神的身体的ストレスの蓄積されてきたものが一気に崩れたのでしょうか、不眠症になり自律神経も病んでしまいました。何とか治したいと思って、いろいろなところに行きましたが思わしくなく、何も聞かずに事務的に扱われることもありました。そのうちに絶望感だけが残り、せめて眠ることが出来れば少しは心が安まるのでしょうが、2、3時間で目が覚めてしまってそれ以上眠ることもできず、さらにイライラするだけの日々が続きました。この世にはもう誰も自分の苦しみをわかってくれたり、親身に聞いてくれる人などいないと思えてきました。そして自分は一生このままの状態で終わってしまうのだろうかという不安を抱えながら、それでもどこかにいい治療法はないものかと探し続けた結果、とうとう自分に合う治療法に巡り会いました。それが中国整体の筋肉矯正法と光線療法でした。そして最近ですが栄養素療法というすばらしい世界に出会うことが出来ました。
今これまでの苦しかった経験が、患者さんのお役に立っているようで嬉しく思います。たくさんの方が「先生なら私の気持ちがわかってくれると思ってここに来ました。」と言って下さるのは、本当に感謝の思いです。
当院に来られる方の多くは私と同じ症状で苦しんでおられる方なのです。
私は治療をしながら世間話をしたり、時には人生のことを語り合ったりすることがあります。そんな時患者さんと深い心のふれあいを感じることができて、お互いに楽しいひと時を分かち合っている瞬間もあります。
遠くから当院に来てくださる方も多く、本当に感謝の至りです。
絶対に良くなっていただきたい、苦しい思いをしておられる方が一人でも多く救われてほしい。そんな思いで私はこれまでやってきました。そして多くの方が良くなられて「あの時の痛みが嘘のようです」と言って、とてもいい笑顔で帰っていかれます。その時私は治療師としての深い喜びと、そしてこの方の症状がもし再び悪くならなければ、もうお会いすることがないかもしれない、という寂しさが交じったような不思議な気持ちになります。しかしそうした感慨に浸っているのもつかの間で、また初めて来られた患者さんとの新しい出会いが始まるのです。そう、私は患者さんによって元気を与えられているのです。
そして患者さんの笑顔にふれる時、私は最も大きな幸せを感じます。
実はそのことで私自身も生きる力を与えられ、そして癒されているのです。

