体験談シリーズ
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    治療体験者 高橋ひさ子(仮名)  会社社長 対  談  者 若木輝男  光線療法研究所所長
    司     会 南都嘉宏  編集スタッフ 治療士     松本伸介 編集スタッフ 自営
      平成14年1月30日 光線療法研究所にて対談
      今回は第1回目の体験談シリーズとして、喉頭ガンを克服された高橋ひさ子さんからお話を伺いました。またガン以外にもいくつかの病気を乗り越えてこられた貴重な体験が、この対談の中に登場します。
    これを読まれた人はおそらく、光線療法のすばらしさと驚くべき威力に、明るい希望の光を見出して下さることと思います。
     
    ◆20年前に喉頭ガンと宣告される◆  
    南都: まず始めに、高橋さんはいつごろどういう病気になられたのか、お聞かせ願えますでしょうか。 
    高橋: 20年位前に風邪が元で声が出なくなりまして、それで病院にいきましたら喉頭がんと言われまして、口の中から手術して、米粒くらいのがん細胞を摘出したんですね。そのときも1年くらい声が出なくなりまして、ずいぶんリハビリをしました。
    そのときは光線治療があるということは知らなかったので、病院の先生の言われるままの治療法で、「ア、エ、イ、ウ」という発声をして、どうにか声が出るようにはなりました。
    病院ではそれ以外に、何の治療法もないのです。しかしやがて歌も歌えるようになり、高い声も出るようになりました。歌でずいぶん救われたんです。健康にもなりましたし、それでもう20年近くになります。 
    ◆歩けなかった足が治る◆
    高橋: ところで話は変わりますが、去年の8月ごろ、腰と股関節が痛くなったのです。
    初めは何となく痛い感じで病院にも行かなかったのですが、だんだん痛みがひどくなって、足を引きずるようになって、普通に歩けなくなってきたのです。
    それである日の昼ごろ、もう痛くてたまらなくなって、抱きかかえられるようにして病院に行きました。MRIをとって精密検査をしたら、足か腰を手術しなければならないと言われました。しかし知り合いから、手術は良くないから手術以外の方法で治さないといけないと言われて、光線を勧められて光線治療器を借りました。そして腰や股関節に光線をずっとかけるようにしました。

    そうしたら1週間くらいで足が痛くなくなってきたのです。
    それまでは外に出ても、右足に力が入らなくて、ふらふらと倒れてしまうこともありました。
    そして何か手につかまるものでもないと、一人では起き上がることができなかったのですが、そういうこともなくなりました。それから普通に歩けるようになりまして、だんだん良くなって、駅の階段もすいすいと昇り降りができるようになりました。その足の軽さにびっくりしました。以前はぜんぜん出来なかったことです。 
    松本: そのときは、1日にどれくらい光線をかけておられたのですか。 

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    ◆のどが再び悪化◆    
    高橋: 2時間くらいです。しかしその時は仕事も忙しくて、毎日ではなく1日おきに当てることもありました。しかし週に3回は必ずかけていました。

      ところで足が治ったと思ったら、今度は去年の11月ごろ、風邪を引きまして高い熱が1週間続き、扁桃腺が腫れて声が全く出なくなってしまったのです。人と話すときも紙に字を書いての筆談しかできなくなってしまいました。
    ところが病院へ行って薬をもらっても、私は薬が体に合わない体質ですので、体中にぶつぶつができたり、顔がはれ上がったりするので、薬をいろいろ変えてもらったのですが、結局私の体に合う薬はなかったのです。その時に股関節が光線で良くなったのを思い出して、今度は右肩に光線を当ててみるように言われて、ずっと当てていました。
    すると4日目ぐらいから不思議なことに、全く出なかった声が少しだけ聞こえるような声になりました。それから徐々に少しづつ出るようになって、今のように出るようになりました。 
    南都: ところで病院からガンだと言われた時は、どんなことを思いましたでしょうか。 
    高橋: もうこれで終わりかなと思いました。私の兄弟や親戚の中で、ガンで死んだ人は多いのです。
    やっぱり私もガンになったのかと思いました。のどに穴を開けて人工発声器をつけるようになったらどうしよう、自分の人生はこれで終わりだと思い、病院から帰るときは涙が出てきて止まりませんでした。

    ところがいろいろやってみて、声が出るようになってくると、生きるということに欲が出てくるようになりました。もう一度元のような健康を取り戻そうという気持ちになりました。だから人がこれは良いというものはすべてやりました。

    今でも病院へ行っていますが、声がこれだけ出るようになったので、医者の先生がびっくりしています。次は1ヵ月後でいいと言われました。

    よく思うことですが、病気になったときは、絶対に治してみせる、という意気込みが大事だと思います。病気に絶対負けてはだめだという気持ちが大事だと思います。父親から「病は気から」とよく言われていましたので、若い時からそういう考えが頭の中に植え付けられていました。そして声が出て、歌えるようになってステージにも立てるようになった時は、こんなに世の中が明るいものかと思いました。この次はこの歌を歌おうという希望も生まれて、楽しみにもなりました。歌で助けられたと思っています。

      私は若い時は合唱をやっていたのですが、喉頭ガンになってやめまして、演歌を歌うようになりました。 
    ◆狭心症の発作も起こらなくなった◆
    南都: ところで始めて光線の事を聞いた時は、こんなもので治るのかなと思いませんでしたか。 
    高橋: 思いました。とにかくやってみなさいと言われましたが、「そんなのは、いいです。」と最初は断りました。けれども「良いか悪いかはやってみてから決めればいいし、だめだったらやめればいい。」ということで始めました。   
    ところがだんだん良くなっていくことが、自分の目の前に現れてくるのです。
    何ヶ月やってみても変わらないのだったら「やっぱり光線もだめかな」と思いますが、1週間、2週間と光線を当てていると、日を増すごとに自分の体の悪いところがよくなり、声も出るようになっていきました。

    それから私はもともと心臓が悪くて、狭心症と心筋梗塞の少し手前の症状で、カテーテルもしたことがあるのですが、動悸が突然激しくなったり、苦しくなって救急車で運ばれたりすることがよくあったのが、それもなくなってきました。仕事先や外出中に突然発作が起こることもあって、ずっとニトログリセリンを使っていたのですが、それも今は全く使うことはありません。
    病院の方からも、心臓はもう大丈夫だからもう来なくてもいいと言われました。 
    南都: 光線を当てるまでは心臓の発作は、月に何回くらい起こっていたのですか。 
    高橋: その時によって違います。調子が悪いときは、1日に2,3回起こる時もあるし、1週間に1回の時もあります。
    調子が良い時でも、最低1ヶ月に1回は起きていました。それがこの半年くらいは1度も発作が起きていません。むしろ元気になりました。 
    南都: それもすごいことですね。 
    高橋: 心臓というものは一生休まずに働き続けるものですから、もともと強いものであるはずです。心臓の病気は、心臓の周囲が悪くなるから起こるのだと私は考えています。その周囲を治すにはどうしたらよいかということを、ずっと研究しているうちに右肩に光線を当てれば治ることを発見したわけです。

    この間、奥さんが風呂場で倒れたと言う人がいて、その人はすぐその場で光線を当て始めました。
    30分ほどしたら奥さんは意識が戻ったので、ご主人は奥さんを抱えて寝室に連れて行きまして、そのままさらにずっと光線を当て続けました。
    翌朝奥さんは舌がよく回らないながらも、何とか口が聞けるようになり、その日の夕方には普通に話せるようになり、買い物に行ったそうです。
    そしてそのまま明くる日からは、全く普通の生活に戻ったということです。 

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    ◆母も1ヶ月ですいすい歩けるように◆
    南都: それもすごい話ですね・・・。ところで高橋さんが光線を知ったのは、半年前が初めてだったのですか。 
    高橋: いいえ。私の母が昔、あのころの機種はパーマで使うような大きなものだったのですが、腰が痛いときにそれをずっと当てていて、トイレも誰かに抱えられて行っていたのが、1が月ぐらいして「ああ楽になった。」といって自分1人ですいすいと歩いてトイレに行ったのを覚えています。

    それで母は「もう楽になったから、こんな大事なものは早く返さないと。」と言って、借りていた人に返しました。それが光線というものを知ったそもそもの始まりでした。その時は私はまだ若くて元気だったし、足も何ともなかったですし、仕事もバリバリやって、ゴルフも楽しんでいましたから、まさか自分が光線のお世話になるとは夢にも思いませんでした。

    それが股関節が悪くなった時に、若木先生のこの治療器を見たときは、ああこんなにコンパクトになって威力も強くなっているの、と思いました。 
    松本: こうしてお話を伺っていると、前は声が出なかったというのが想像もつかないのですが。 
    高橋: ここに来たときはもっと出なかったですよ。 
    ◆人間の持つ不思議な治癒力◆
    若木: かなり前に肝臓ガンで、あと3ヶ月の命と言われた人が来られて、光線治療を始められました。
    それからもう5年になりますが、その人は今も元気でトラックの運転手の仕事をしています。

    ところが病院で検査したら今でもガンはあるのです。いずれはなくなるでしょうがカチカチになっているので、溶解するのに時間がかかるのでしょうね。その周囲が良くなっていくので、ガンは大きくならないし、別のガンもできないのではないかと思っています。 
    高橋: それは病院の先生も言っていました。声帯の周りがブヨブヨになっていて、そのために声が出なくなっていると。それがこの前の検査では、ブヨビヨは変わらないが、だいぶしぼんでいると言われました。
    そういうふうにして治っていくのではないかなと言われました。
    若木: いずれそれもなくなっていくと思います。ここにガンで来た人は、元気になっても何年もガンが残っている人が何人かいます。

    こんなこともありました。乳ガンの人で、何年かしたらそこに穴が開いてそこから黄色い液体が出てきて、それが全部出てしまったら穴がすっとふさがって治ったという人がいます。そういうことはよくあります。首の横から出たという人もいるし眉毛の当たりからとか、耳から出たという人もいます。
    高橋: この間歌の練習から帰った時に、血を吐いたことがあったのです。

    のどがちょっとおかしいなと思って、手洗いに行って痰を吐こうとしたら血がぽたぽたと落ちたのです。そしてうがいをしたら、また血痰のようなものが出てきて、寝るまでの間に7,8回そんなことがあって、翌朝の午前中にもまだ続いてました。
    光線を紹介してくれた人に電話をしたら、「悪いところが絞り出ているのかもしれない」と言われました。
    南都: 直腸ガンや胃ガンでも、治る過程で血の塊のようなものが出てくることはよくあることなんですか。
    若木: よくあることです。
    人によって下から出る人もあれば、口から出る人もいます。ある人で何か下からあがってくるものがあって、何か爆発したような感じがするなと思いながらそのまま光線を当てていたら、黄色いような液体が痰と一緒に出てきたということもあります。
    たぶんどこかにリンパ液が溜まっていたものだと思います。それが出てくるのです。それが出てしまうとスカッとして治ってしまったそうです。

    のどにポリープが出来ている人でも同じような直りからをした人がいました。プロの歌手で、明日が公演なのに声が出なくなったという人が光線を当てていると何回も痰と一緒に黄色いものが出で、それが出てしまうと楽になって、次の日の公演は無事成功に終ったと言っていました。
    だから時間をかけて光線を当てれば、体の中でそういうふうになっていくようです。体には不思議な力があって、いつも新しい発見があります。
    南都: 高橋さんの場合、光線を当て始めてから、「これは治るな」と思ったのは当て始めて何回目くらいのときでしたか。

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    ◆あの頃はおかゆを飲み込むのも痛かったのが・・・・・◆
    高橋: 4,5回目のときでした。その時少し声が出るようになりました。
    股関節の時は痛みが取れるまで、1週間くらいかかりました。飲み込んだ時の異物感も楽になってきました。食事もおかゆとか柔らかいものしか口にできなかったし、それでも、のどを通る時は痛くてたまらなかったです。毎日飲み込むときはいつものどを押さえて、痛みを少しでも和らげるようにして、ものを食べていました。
    本当にこのままどうなるのかと思って、毎日毎日そのことばかり考えて、人生は真っ暗でした。それも光線のおかげで治ってきて、今は硬いものでも何でも食べることができます。

    これはもう経験した者の、ありのままの実感です。
    ◆明るく前向きに生きる◆
    松本: ところで高橋さんのお話を伺っていると、とてもバイタリティを感じるんですね。
    人によっては、光線の話を聞いてもどうせ私の病気は治らないだろうとか、毎日かけるなんて面倒くさいと思う人もいると思うんですね。
    そういう人たちに、今はしんどくてもいつか良くなって、健康を取り戻せるんだという希望を持ってもらうために、何かメッセージを伝えていただきたいと思うのですが。
    高橋: 自分はあれもやり、これもやりとしてきた人間です。こういうものはすぐにやめてしまう人が多いのが実際のところです。これだと思ったものは、長く続けることが大切だと思うのです。それが良くなるためのひとつの方法だと思うんです。
    初めは何がいいかわからないので、人からこれはいいと言われる物をやってみて、だめだったから次のものに手を出す、という人が多いと思います。
    ところがこの光線は、続ければ続けるほどよくなっていくのが目に見えてわかります。もし迷っている人がいるならば、今何かやっているものがあれば、それをやめなさいとは言いませんが、やめなくてもいいから光線もやってみてほしいと思います。そしてこの光線だけは絶対続けたらいいですよ、と言いたいですね。
    松本: 高橋さんはとにかく明るく、前向きに生きておられると思うんです。病気も絶対に克服してやるという、強いものを持っていると思うんですね。
    これは皆が皆持っているものではないと思うのですが、そういう人たちに対しても何か一言お願いできますか。
    高橋: 何事も前向きに取り組むことが大事だと思うのです。
    私だけがこんな目にあって、とシュンとする人が多いですが、何をするにもお金がかかるし、私はそんなにお金がないからやめておこうと言う人も多いと思うんです。

    でも、これをしようと思ったら、他を始末してでもできると思うのです。自分がこの治療と思ったら、それに専念するようにやらなければならないと思います。あれもこれもと思っていたら絶対によくならないです。自分は絶対に治すという気持ちで望むこと、60になっても70になっても絶対に元気になる、治すんだと思うことが必要だと思うんですよ。

    今私は仕事をしていますが、引退したら呆けるかもしれません。だから呆けないようにするために、なんでも自分でやらないといけません。人任せにしないようにしています。もちろん皆いろいろとやってくれますし、いろんな所に連れて行ってくれます。だけどたまには自分でもやってみるようにしています。自分が人を乗せて、車でどこかへ行ったり、仲間と話し合ったりしています。人間は落ち込んだらどこまでも落ち込んでいくと思います。だから努めていつも明るく生きていくことが大事だと思うのです。 わたしはそう心がけているのです。
    誰かに電話をしても、仕事には直接結びつかない話でも、それも一つのお付き合いだと思うのです。誰かと一緒にご飯を食べに行ったりして、つまらない事でも何でもいいからみんなと話し合いの場を持つことも大切だと思います。自分ひとりでこもってしまってはいけないと思うのです。

    私も病気で苦しんでいたときは、いろいろな人が助けてくれました。だから元気になったときは私もお返ししなければと思っています。悪くなったら助けてもらって、良くなったら助けてあげたりしながら、この光線を一人でも多くに人に勧めてあげて、病気の人に早く元気になってほしいと願いたいですね。
    南都:
    松本:
    今日はお忙しいところを、とても貴重な話をしていただきましてありがとうございました。
    (後記:高橋さんは、このインタビューの後の5月7日の検査で、医師から「咽喉は完全に正常に戻っているのでもう来なくてもいい」と言われたとの事です。病院から声帯を除去する手術をするように言われてから、約半年後のことになります。)
     
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