体験談シリーズ
  • 喉頭ガンを克服する
    • 光線療法のその他の読み物
  • 光線療法のすすめ PART2
  • 1.光 / 2.波長 / 3.光をたくわえる / 4.闇の中に光
    5.祈り / 6.もっと光を / 7.光を受け取る / 8.光の讃歌

     光線による治療をしながら、自らも光に照らされながらいろいろなことを想うことがあります。
     ずっと何度も同じことを想ううちに、それらは光への讃歌になりました。
     そしてその想いを詩のような形で書いてみました。
     光線治療とはどういうものか、医学的にとらえることも必要ですが、詩のような言葉で光をイメージすると、また違う角度から考えることができるかもしれません。
     

     光線治療は光の治療です。newgreen  その光とは太陽と同じ光です。
     太陽はすべての生命を育ててくれます。
     そしてその光はすべての病を癒してくれます。
     その太陽が夜でも、雨の日でも、
     いつもそばにいてくれるのです。

    タンポポ

     光がなければ私たちは生きていくことができません。
     生化学的にも、そして精神的な面においても。
     光がなければそこは闇になります。
     どこまでも暗く、
     そして寒いだけの空間が無限に続くだけです。

     

     部屋の中でアルコールを飲むと悪酔いすることがあっても、
    野外で飲むとそんなことはなくなります。
    部屋の中で暗く絶望的な考えに陥っても、
    野外ではなぜかそのような思いにとらわれることがぐっと少なくなることは、
    あなたも経験があるかもしれません。
    太陽の光はこのように、人が健康的に生きることができるように助けてくれるのです。
    そして病や苦しみから私たちを解放しようとしてくれます。

     聖書にこのような箇所があります。
    「この方にいのちがあった。このいのちは人の光であった。
    光はやみの中に輝いている。やみはこれに打ち勝たなかった。(ヨハネ1:4,5)」
    光はその科学的な効能を考えるよりも、
    光のイメージそのものが
    人を癒してくれることがあります。

    太陽の光にはたくさんの波長が集まって1つのものになっています。
    それぞれの波長の中には赤や青などの、色を生み出す波長や、
    放射線や宇宙線までいろいろのものが混ざっています。
    それぞれ単独では生命を育てることなどできませんが、
    すべてが合わさって生命を育て、癒すものとなります。
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     植物は光の20%を反射し、80%は吸収する。
    そして吸収した光のエネルギーを、生命の成長のためにたくわえる。
    と、何かの本で読んだことがあります。
    そう、光はたくわえることができるのです。

     光線治療を受けると、確かにそのことが実感できます。
    暖かさの持続以外に、細胞全体が健康なエネルギーを充電されたような感じを受けます。
    光はぬくもりであり、生きる力です。
    光は愛であり、希望であると言いかえることができるかもしれません。

     
     
    「わたしは世の光です。
    わたしに従う者は、決してやみの中を歩むことがなく、
    いのちの光を持つのです。(新約聖書ヨハネの福音書8章12節)」

     キリストを信じたときに、心の中に光がともると言われます。
    その光は、初めは小さなろうそくのような存在かもしれません。
    しかしそのろうそくは、隣のろうそくに灯をともすことができます。
    そのろうそくもまた、隣のろうそくに灯をともすことができます。

     そうすると小さな光が暗い闇の中でたくさん光るようになります。
    神は光のような存在ですから、きっとその光はいつまでも灯っていることでしょう。

     
     光線治療をしながら、わたしは時おり祈ります。
    もちろん患者さんには気づかれないようにしながら。

     なかなか効果が現れない時や、
    治療の技術や能力の限界を感じることがある時、
    私は祈りながら治療します。

     「どうかこの方の病を癒してください。
    この方が傷みから一日も早く解放されますように。
    そしてこのことが決して不運や災いで終わることなく、
    病や痛みが益と変わり、
    この方の人生をより豊かにして下さいますように。
    そしてこの方の心を平安の光が満たしてくださいますように。」

     祈りは決して気休めではなく、
    実際に目に見える効果となって現れることがあるということを
    実験で証明した科学者がいるとのことです。

     しかし祈りは科学的な裏づけがなくてもかまわないと思っています。
    人智を超えた力を信じて、私は助けを求めようと思います。

     
    文豪ゲーテのことだったと思いますが、
    亡くなる前に「もっと光を」と言って息を引き取ったといわれています。
    光を欲求するのは人間の自然な本能だと思います。
    私ももっと光が欲しいと思います。

    神の光が私の中に輝いてくれますように。
    その光が周囲も照らしてくれますように。
    そういう人生を送りたいと願っています。
    なかなかできないことですが、少しでもそうなれるように祈っています。

     
     愛は光のように人々の心を照らすといいます。
    光に背を向けると自分の影しか見えません。
    そしてその先にははるかな闇が永遠に続きます。

     光に向かって生きていきたいと思います。
    人間は自分で光を放つことはできませんが、
    光を受け取ることはできますし、
    光を反映させることもできます。
    光はすべて一方的に与えられるものであり、
    その方向に顔を向けて、受け取るだけでいいのですから。

     
     光は何も要求せず、常に私たちに温かないのちを与えてくれています。
    私たちがたとえ背を向けても、それでも無条件に光は私たちを照らしてくれます。
    光があることすら忘れ、自分勝手に生きようとも
    いつも光は私たちを見放すことなく生かし続けようとしてくれます。

     光を嫌って陰に隠れる時期があっても、
    またいつでも戻ってきていいように、
    光は常に同じところで私たちを待っていてくれます。

     人類の多くは太陽をあがめ、
    太陽に対する感謝を表してきました。
    その気持ちに偽はありませんでした。

     この世を覆う闇は大きなものがあります。
    けれどもその上には確かに光は輝いているのです。
    人類は道を誤り、せっかくの光を私たちのところに届かなくしてしまいました。
    だからこそ心に光を求めたいと思うのです。
    心の中の闇を光が照らしてくれるように
    祈りたいと思うのです。

     心に届く光は神から来るものであり、
    「神は愛なり」と聖書は言います。
    その光は厚くおおう闇をも越えて、私たちの心に灯りをともし、
    そしてその灯りは、闇が深くなればなるほど輝きを増し、
    永遠のいのちへと私たちをいざなってくれるでしょう。

     
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