奈良県にある明日香村はもう10回以上訪れたでしょうか。
私はこれまでいろいろな人に明日香村のことを話して、興味を持ってくれた人を誘ったこともありました。行った人は必ず気に入ってくれて、また来たいと言ってくれます。
どの季節に行ってもいいですが、私は春の明日香がとても好きです。レンゲソウや菜の花が畑一面に広がって、モンシロチョウが舞い、ヒバリの鳴き声が青空の中に気持ちよく響いています。遠くの畑でわらを燃やしている煙が見えます。あぜ道で採れたてのイチゴやミカンや野菜が無人販売所で売られています。こう書いているだけでまた行きたくなってきます。
ところで明日香は万葉集のゆかりの場所がいくつもあります。
甘樫の丘というところに登ってみますと、大和三山と呼ばれる低い山が見晴らしの良い光景の中に眺めることが出来ます。
「大和には 群山(むらやま)あれど とりよろふ
天の香具山 登り立ち 国見をすれば 国原は 煙立ち立つ
海原は _(かまめ)立ち立つ
うましそ国そ 蜻蛉島(あきづしま) 大和の国は」
舒明天皇が、香具山に登って国見をした時の歌です。国見とは国をほめたたえる行事のことですが、あえてほめようと意識しなくてもこの光景を眺めれば自然にほめたたえたくなってきます。今年もどうかいい年でありますように、凶作から守られ豊かな実りがありますように、という人々の願いを代表して歌ったのでしょう。するとほめられた方も気分が良いですから、一生懸命豊作になるようにがんばると思うのです。ほめたたえるって、そう考えるといいですね。
「籠(こ)もよ み籠持ち 掘串(ふくし)もよ み掘串持ち
この丘に 菜摘ます児(こ) 家聞かな 名告(の)らさね
そらみつ 大和の国は おしなべて われこそ居(を)れ
しきなべて われこそ座(ま)せ
われこそは 告らめ 家をも名をも」
この歌は万葉集の一番始めに登場する雄略天皇の歌です。
万葉学者の犬養孝氏の解説によると、野道で籠をもってへらで若菜を摘んでいる乙女に、雄略天皇が「どこに住んでいるのか、名前は何て言うのか」と聞いている歌だそうです。
当時はそれは求婚を意味する言葉でした。「私はこの大和の国をすべて治めているのだ。では私から名前を言いましょう。どこに住んでいるかも言いましょう。」というような内容の歌だそうです。
いいですね。人間らしくて。後の時代はずいぶん神格化されてしまった天皇が、実はこんなに人間らしい姿で描かれていて、しかも万葉集のトップに出てくるのですから。もちろん当時は「人間らしい」という意味ではなく、こうした歌こそ万葉集を代表するものだったのでしょう。万葉集は人間らしさをそのまま謳歌したような歌がたくさん出てきます。
これを読んで下さっているあなたも、もしよろしければ「万葉の人びと(犬養孝著 新潮文庫)」を読んで、そして明日香を訪ねてみられたらいかがでしょうか。きっと心が満たされる思いがすると思います。そしてもう一つの心のふるさとが出来ることと思います。
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