生きる意味の探求 特集1
生きることが苦しみに感じる時
生きる意味がわからなくなった時、人は次のように考えるかもしれません。
なぜ生きていかなければならないのでしょう。生きることは虚しく、いやなことばかりが目につきます。
生きることが喜びに感じられないのに、「生かされている」とか「生きる喜び」という言葉を聞いても、自分とは違う世界の言葉のように聞こえてきます。
この社会は悪人が平気な顔をして生きています。正直に生きている人間は損をすることが多いのは確かに事実でしょう。この社会はいつまでたっても良くならず、それどころか悪くなる一方のように思えます。そんな社会を見たときに、人間という存在に絶望感しか湧いてこなくなり、生きようとする気力や希望が萎えてしまいます。
将来に対して希望が持てず、生きること自体が苦痛に感じているのに、これからもこの社会で生きていかなくてはならない若者や子どもたちに、何を伝えていけばいいのでしょうか。
なぜ死にたいと思う気持ちを否定されなければならないのでしょうか。
なぜ私たちは生まれてきたのでしょうか。なぜ生きていかなければならないでしょか。
もう生きていきたくないと思うほど苦しい状況に立たされた時、どんな言葉も月並みで説得力はないかもしれません。自分の置かれた境遇は絶対にわかってもらえないと思うのも当然だと思います。
次の「生きる意味の探求 特集2」のページでご紹介しますのは、生きる意味がわからなくて17歳の時に列車に飛び込み自殺を図って助かった女性の話です。
彼女は両足と片腕を車輪に惹かれて切断されました。地獄のような日々が続く中でキリスト教に出会い、人生が180度変わりました。彼女の語る体験談によって数多くの人が慰めと勇気を得られ、全国から講演の依頼が続き、人生のカウンセラーとして活躍した人です。
この方はクリスチャンですが、宗教が違う方や無宗教の方も、読んでいるうちに何か新しい発見ができるかもしれません。
生きることに疲れているという方、あるいはこういったテーマに関心のある方、よろしければお読みください。
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